「比較」することの苦しさ

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こんにちは。ACTコーチのりょうかです。

「他者と比較してしまい、最終的に自分を責めてしまう」

という方に、読んでほしい内容です。
僕は、「他者との比較」でとても苦しい思いをしてきました。
一言でいうと、「自分で自分を追い込む」ことを、
無意識にしていました。
他者よりも優れていると自己認識できなければ、
自己否定に走り、気力をなくし、自暴自棄になることも多かった。

僕は、「他者との比較」を無意識に行っている自分に気づくと、
そこから抜け出したいと思い、「比較しないようにするには」
と考えるようになりました。

だけど、「他者との比較」から生まれる「自己否定」の連鎖は止められなかった。

今の僕が実践しているのは、
「比較する際の基準」を工夫するということ。

無意識に、他人と自分を比べてしまう場合、
多くは「他者に勝っている自分を認識したい」という前提があったうえで、
「比較する」という思考パターンに入ります。

ということは、「他者に勝っていない」ことが認識されれば、
自分を否定する思考に流れていく、ということと結びついてしまいます。

「あの人より自分が優れている」と認識できるものであれば良いですが、
「あの人の方が自分より優れている」と認識すると、

自分はダメなやつだ
社会から求められていない
誰も私を見てくれない
私は何のために存在しているんだろう

このループにはまってしまうと、
いわゆる「思考が暴走」している状態なので、
自分の意思で抜け出すことはとても難しくなるのではないでしょうか。

仕事の実績で比較しているのか、
人気度の割合で比較しているのか、
友人の数を比較しているのか、

比較するテーマは様々かと思いますが、
目の前に「比較する対象」がいないにも関わらず、
比較した末のフィードバックが頭の中を流れている状態。


じゃあ、どうすればいいのか?


冒頭にも言いましたが、

「比較する際の基準」を工夫することが重要です。

あなたが、他者との間で何かを比較する思考が頭の中を走ったとき、

「自分の内側と外側、どちらに基準をおいている?」

と、一言つぶやいてください。
比べた末に、得られるもの。それはなんでしょう?

たとえば、
「安心感」「自己肯定感を得る」「優越感」その他、
「まいったか、私の方がすごいんだ」という、相手を倒してやったぞ。
といった「鬱憤を果たすことができた爽快感」なのか。

それとも、
「私が次にできることは何か」「私が成功するために補うべきものは何か」
といった、今「自分が優れていたとして、その後自分は何がしたいのか」という
自分にベクトルが向いている状態なのか。

前者の場合だと、「自分の外側に基準がある」ことになります。
「比較対象の他者」が基準になり、そこより自分は上?下?はたまた同じくらい?
というように、基準が自分の外に置かれています。
優劣を認識したところで、自分は何も変わっていません。

後者は、「過去の自分から現在、そして未来の自分への変容」を望んでいることになるので、
基準は自分の内側に置かれています。
自分の前向きな変容を望んでいるので、「今」の状態から前向きな変化に向けてアクションが起きます。

前者と後者、どこに基準をおいて考えるかで、
「負のループ」から抜け出すことができるかどうかが大きく変わってくると思います。

                                   ACTコーチ りょうか







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