思考の癖を理解することが、自分軸で生きるための土台となる

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こんにちは。ACTコーチりょうかです。

僕は、「成果を出さなければ自分の存在価値はない」と無意識的な思考の癖をもっていました。


そもそも、自分自身が「成果をださなければ自分の存在価値はない」と感じている、ということすらわかりませんでした。


僕は、誰かに認められたい気持ちや、周囲と同じくらい、またはそれ以上のポジションにいたいと願う気持ちは人一倍強かったのは確かです。

それのマイルールが、長年僕を苦しめていました。


僕は転職を4度しています。

そのため、ついた職業は5つということになります。


最初は、地方公務員から社会人生活が始まりましたら。なぜ、地方公務員なのかというと、両親が喜んでくれるから。あと、公務員という職業は安定しているので、社会的に勝ち組になれたと思えるから。

両親から、よく「〇〇さんの息子さんは〇〇に入社した。あなたはどうするの?」などと、周囲の人がいかにすごい状態にあるのかを僕に伝えてきました。
そして、あなたはどうするの?と。

僕も、両親が求める、社会が認める、ある一定ラインの立場に立たなければ、存在価値がないのかなと、思っていたんだと思います。


そんな気持ちで始めた公務員の仕事は2年で辞めました。理由は、「新に、自分のことを認めてくれそうな場所が見つかったから」です。

公務員を辞めて、僕は教員になろうと決めました。


学生時代、真剣に僕に向き合ってくれてたのが先生達だったからだと思います。

周囲の期待、自分の創造する社会の常識から選んだ公務員の仕事をやるなかで、より一層「自分に向き合ってくれた先生のようになりたい」と思いが強くなったんだとおもいます。

一度社会人になり、そのあと大学に行ったので教育免許を取得するまではとても苦しかったのを覚えています。


無事に教員免許をとり、高校の教員として働き始めました。目指した同期が、「自分に向き合ってくれたように、僕も子どもに向き合う仕事がしたい」と感じたから。ここでは、自分の価値に基づいて選択ができた良い例だっと思います。

しかし、「成果を残さなければ存在価値はない」という思考癖は無意識領域の中に残っていました。

同僚の先生と自分の比較、研究授業の成果や評価を気にして劣等感を抱く日々。どんなに準備を重ねても、授業中に寝てしまう生徒。

「自分の思い描いていた教員生活はこうじゃない。」そう思いながらもがいていました。


残念ながら、成果を残すどころか、勝手に周りの先生と自分を比べ劣っている自分にばかり目がいく。

自己評価が低く、その状態はクラス運営にも影響がでる。

すごく、幼稚な先生だったなと、今振り返れば恥ずかしい限りですが、「あのときはそうするしかなかったんだな」と、ある意味自分の未熟さに呆れてしまっているのかもしれません。

「認められたい」「あなたは素晴らしい先生だねと言われ続けたい」無意識領域の中で、このようにがんじがらめになっていたんだと思います。


教員として務めて6年目、僕はまた働くフィールドを変えようとします。


これもなんとまあ、わかりやすく自分に箔をつけるために国家資格、いわゆる士業に挑戦しようと思ったんです。

教員として、当時僕は生徒の進路指導を担当する機会がありました。就職する子に対して、求人票の取り扱いから実際に就労した際に触れる労基法の基礎について教えることもありました。(そもそも自分自身がオーバーワーク状態だったので生徒に労基法を話しても説得力がありませんでしたが)


人は学んだ末に、最後は働く。企業と労働者をささえる社会保険労務士になりたいと思うようになりました。


社会保険労務士の仕事がやりたかったというのは事実ですが、無意識に「士業バッヂ」を襟元につけて、自分への肩書き、箔をつけたいがための挑戦だったんだと、今は改めて感じます。

わかりやすく、社会から認められるツールが国家資格合格、士業の世界で働く、だったんです。明らかに、無意識領域に「成果を出さないと存在価値がない」というマイルールが、このような転職活動へと、思考が混同した状態で進んでいくことになるんです。


教員を6年程度で辞め、社会保険労務士になるべく社労士事務所で働きながら資格取得に向けてとりかかりました。当時年齢は30歳。まったくの異業種からの転職ということもあり、同僚や他の社員からはかなり警戒されていたことを覚えています。


無意識領域には「成果を出さなければ存在価値はない」というマイルールがあるので、かなりストイックに業務を覚えようとギラギラしていたのではないかと思います。

当時、すごく仕事のできる先輩たちがいたんですが

はいつくばるように「仕事を教えてください」とつきまとっていました。(うっとおしかったと思います)

成果と自分の存在意義をイコールで結びつけすぎていた僕は、ある意味ハングリーさではずば抜けていたのかもしれません。あれもこれも、業務を引き受けいつも夜遅くまで「この仕事ができるようになりたい」としがみついていた。


ハングリーさがある、とみれば長所なのかもしれません。だけど、僕の場合は自分の存在価値と成果を結びつけているので、その努力は長く続かなかった。

「成果が出せない。」

それがわかりやすく現れたのが、期末手当。いわゆる賞与。人事評価制度がとても整っていた職場でしたので、しっかりと僕の取り組みも評価されることとなりました。僕の賞与は教員時代の10分の1となりました。

転職して一年、賞与をもらえるだけありがたいんだよ、なんてありがたく受け止める気持ちの余裕なんてりませんでした。

また、自身の評価や成長度合いも「お金」の程度しか見ることができない自分もいました。
無意識的に、「収入が高い=優秀」という考え方も、しっかり現れていますよね。

金額の比較が、自分を否定する材料になりました。だって、僕は成果をださなければ存在してはいけないやつだから。

必要以上に自分を追い込む生活が続きました。

このとき妻もいて、息子が2歳。小さい子がいて、しかも初めての子育て。妻も初めての出産後というのに。

職場は変わるは収入も減るわ、
家庭を放って、自分のマイルールに邁進する僕。満たされない僕の影響は、確実に家庭にも及んでいました。もううんざりしていたと思います。


ついには、「そんなに仕事をかかえて、大丈夫?」といわれることに喜びを感じるほどでした。


大丈夫ですよ、問題ないですよ。と言えている自分は成果を出すために努力している、と間違った捉え方をしていたことにも気づかず。

自分を追い込む続けながら、家庭を放置する生活は何も生み出しません。消耗するだけです。


僕は、精神的にまいってしまいました。


もうだめだと泣きました。「誰も助けてくれないと他責する」毎日でした。

自分のマインドが、自分自身を追い込んでいたなんてちっとも思いませんでした。

自分で自分を追い込んでたから。今の僕が、当時の僕に会えるなら、真っ先にこう言います。


「僕を負の方向へ、あるいは間違った方向へ突き動かす、心の奥底にある傷を癒そう。僕は頑張り過ぎた。でも、その「頑張り」は自分も、自分の家族も幸せにはならない。誤った頑張りかたなんだよ。自分で自分の事を知るのは至難のわざ。気づけないことも多いんだよ。」


そう言って、もういいから、もういいからと、自分の存在価値を成果と結びつけて捉えている僕に、強くハグしてあげたいです。

こうして、僕は精神的にやられてしまいました。

3ヶ月ほど、寝込んでしまいました。


息子も遊んで欲しい盛り。でも、まともに笑えない。遊んであげるのも、やっと。妻に家計と家事、育児を負担させてしまっている状態でした。

当時、コロナ絶頂期の真っ只中でした。

経済的にもとても苦しかった。


寝込んでいる間は、常に自分を否定してしまうので、妻から派遣の仕事を紹介してもらいました。

ここからの話は、今思い返せば客観的に捉えることができますが、当時の僕は無意識的にこのような言葉に引き寄せられます。

派遣会社の担当の方と面談がありました。


その方は「紹介予定のお仕事なのですが、準公務員的なお仕事です。職種としては団体職員です」と話していました。

おそらく「比較的安定してる職場だよ」という事を伝えたかったのではないかと思います。そもそも、準公務員っていう仕事はおそらくありません。


僕は、「安定」という言葉を聞いて脳内にアドレナリンのようなものが出たように「やります」と答えてしまってました。

まさに、「安定した仕事」=「社会的な勝ち組」という結びつきがあるから。無意識に、社会的に勝ち組になる=成果、という無意識領域のマイルールが僕の行動を操作することになります。


このとき、僕は32歳。まだまだ、自分の思考の癖には気づいていません。


僕の職業選択は、ずっと無意識領域からくる「成果を出さなければ存在価値がない」というマイルールに沿って行われてきました。

なので、この派遣会社での就労も、簡単に僕の理想が崩れていきます。それは、地方公務員として働いていた友人との会話の中で、「僕が今派遣でやっている仕事は、友人からすれば公務員とは思えない」というものでした。そこで、優劣がついた。


「あ、僕は社会的にみんなより劣っているんだ」って感じたんです。肩書きが欲しかったんだよね。でも僕にはなんの肩書きもないんだよ。変に背伸びせず、自分にとっての価値を見つけていこうよ、って言いたい。
今の僕としては、そう伝えて目を覚まさせてあげたい。


なので、案の定僕はまたその派遣の仕事を辞めることになります。絶望でした。

僕は何もできない人間なんだと突きつけられた感じがしました。でも、これ、全部自分で引き寄せて自分で切り捨ててるだけなんですけど。


僕は気づけなかった。それが一番辛かった原因。


思考の癖。無意識のマイルールが僕を操っていた。

ACTとの出会いや、僕の苦しみを生み出している根源を探る作業を通して、やっと本当の価値が見つかった。それが今です。


マイルールに苦しみながら、自分の本当の価値に気づけないまま辛い日々を送っている方へ、

何かヒントになれば嬉しいです。


                                ACTコーチりょうか

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